「開業之すゝめ」第11回

2012-02-16

 
★2002年9月発売の「開業マガジン」27号に掲載した原稿です。基本的に、文章は掲載時のままとしています。
この原稿は「アーカイブ」からリンクを張っています。

 
「開業のすゝめ」第11回 「開業のメリットとは?」

 
文・山崎修(本誌編集長)

 
興味のない人には利点を教える

 
初対面の人に自分の仕事の内容を説明すると、「そうですか。時代に合っているテーマですね」と言われることがある。もちろん仕事の内容とは、「開業マガジン」の編集発行と、全国各地での創業支援セミナーにおける講演活動のことを指している。「開業マガジン」と口で発音してもなかなか理解されないから、「脱サラ独立や転職、サイドビジネスについての情報誌」と説明するのだが、開業に興味のない人にとっては、それが先入観をもたらすのかもしれない。

 
もしかすると、自分のビジネスなど考えたこともない人にとっては、商工会議所と職業安定所の区別も判然としていないのかもしれない。確かに、長い不況で企業も政府も疲弊しているから、リストラという名の首切りが珍しくなくなっている。「時代に合っている」とはそのことを評しているのだろう。

 
しかし、小誌で読者に勧めている「独立開業」は、単なるリストラ対策ではない。それを説明すると、「でも、独立するのって、成功率が低いんでしょう」と切り返される。本当はここからが面白い議論になるのだが、いくらなんでも初対面の人といきなり議論を始めるわけにはいかないから、たいていはお茶を濁して「そう。だから成功率を高めるための情報を提供しているんです」と答えて、話題を変えてしまう。

 
以前にもこの欄でふれたことだが、多くの(平均的)日本人は、働くことイコール勤め人になることと勘違いしている。勘違いというよりは、社会的な刷り込みだと思うが、とにかくそういう観念を持っているから、独立開業と聞くと、リスキーで異端な響きを感じ取ることが多い。そういう人たちに、どうしたら手間をかけずに独立開業のことを理解してもらえるのだろう−−そう考えていたら、次のことに思い至った。「メリットを列挙すればいい」のである。

 
ともすれば、われわれは独立開業というテーマに真正直に対面しようとするあまりに、愚直になりすぎているきらいがある。少なくとも、単なる興味、好奇心で聞いている相手には、本質的な議論を始めるよりも、「おいしい部分」を並べて見せたほうがかえって親切といえるかもしれない。というわけで、さっそく「開業のメリット」について考えてみることにしよう。

 
サラリーマンより楽はできない

 
よく耳にするのが「定年がない」「リストラされない」「異動や転勤がない」ことをメリットとしている例である。確かに、自分の事業なのだから、何歳まで働くかは自分の自由だし、年金や税金が不安な昨今では、そのことは重要な問題だ。そして、自分が経営者なら、誰かにリストラされるというのも考えにくい。また、事業所をいくつも持つことはないはずだから、異動や転勤はないだろう。きっと、そういうことを表明している人は、前職がサラリーマンで、現実に意に添わない異動や転勤を経験したり、体験しそうになったのに違いない。

 
しかしながら、勘違いしてはいけないのは、「サラリーマンと同等の気軽さで」そういうメリットを甘受できるわけではないという点である。リストラや急な異動であわてふためくことがない代わりに、毎日がジェットコースターのようなものであることを念頭に置いておかなければならない。

 
同様に、「勤務時間が自由」「嫌な人間関係を我慢しなくてよい」「仕事以外の人間関係にエネルギーを消費しなくて済む」などをメリットとして挙げている人がいるが、勤務時間が自由だからといって、労働時間がサラリーマンより短くて済むわけではない。たいていの人が独立したら休日がなくなったり、早朝から深夜まで働くことを余儀なくされるのだ。また、職場には気に入らない人を置かなくても、重要な取引先に嫌な人がいた場合には、避けて通ることができない。ただし、そのことは「仕事に直結しているのだから」と我慢することができる。それを評して「仕事以外の人間関係……」が挙がってくるのだろう。

 
「自己責任で生きる」とは?

 
「自分で判断して結論を出せる」ことを独立開業のメリットに挙げている人がいる。おそらく、組織人でいたときに上長から理不尽なことを言われて嫌な思いを重ねてきたのだろう。確かにすべてのことに自分の判断が活かされるし、それが的中したときの喜びは無上のものだ。反対に、自分の判断が間違っていたときには、その結果に対する全責任が背中にのしかかる。

 
「自分の仕事であること」をメリットに感じている人もいる。独立開業では、どんな業種を選ぶかはまったく自由。だから、好きな仕事が選べるし、その結果としていつまでも疲れずに集中して仕事に取り組めることが多い。そういう姿勢で続けていれば、どんどん知識や経験が蓄積されるし、貴重な人脈も育つだろう。誰の仕事でもない、自分のものだという意識ならば、単なる雇われ人でいたときよりもはるかに熱中して自己のすべてを賭けられるからだ。

 
私は、各地の講演で好んで「自己責任」という言葉を使っている。独立開業とは、自己責任の人生を選択することだと信じているからである。日本社会のあらゆる局面が、人々に自己責任を要求するようになってきている今日−−確定拠出型年金の選択、ペイオフ解禁以降の預け方の選択がいい例だ−−、独立開業を自分の人生として選ぶことが時代の先駆者として生きることにもつながるのだ。

 
そうして自己責任で生きる人に共通するのは、「毎日に張り合いがある」「心地よい緊張感が得られる」という気分である。そういう人は回りで見ていてもわかるものだ。とにかく表情が生き生きしている。言葉に活気があり、自信に満ちている。そんなオーラが周囲ににじみ出てくるのだ。

 
個に目覚めて自由に生きること

 
「いやあ、収入は激減しましたし、労働時間はものすごく増えました。だけど、開業してよかった。生きているという気がするんですよ」という50歳で独立した男性の声は、このことを代弁して余りある。自己責任の最もハッピーな形は、「うまくいったときの成果をすべて自分のものにできる」ことだろう。役員賞与の形で回収したり、上場して創業者利益をせしめてもいい。しかし、金銭的な報酬よりも、「自分が」成功したことの喜びの方がはるかに大きいはずだ。仮にそうした結果を得られなかったとしても、目に見えない報酬はある。それは、自己責任で生きていくことで、「世の中を真剣に見つめる」ようになる点だ。

 
つねづね考えていることだが、今の日本が抱えている問題点の多くは、こうした自己責任で生きていく人々が増加することによって解消に向かうはずである。確定申告を行って納税者意識が高まり、足を滑らせたら真っ逆さまの日常を綱渡りする緊張感を味わい、すべてのリスクを測り、勇気を出して必要なリスクを取りに行く決断力を持つ、そうした人々が、責任の所在が明らかでない政策を支持したり、国民不在で省益のみを追求する役人を認めるはずがないからである。

 
つまり、独立開業のメリットとは、ひとりひとりが個に目覚め、自分を最大限に生かした自由な生き方を選択することで、社会全体が活力にあふれ、豊かで多様性に満ちてくることなのである。定年がないことや、億万長者になれる可能性があることなどは、それに比べたら些末なことでしかない。

 

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