「開業之すゝめ」第9回

2012-02-16

 
★2002年5月発売の「開業マガジン」25号に掲載した原稿です。基本的に、文章は掲載時のままとしています。
この原稿は「アーカイブ」からリンクを張っています。

 
「開業のすゝめ」第9回 「開業はリスクとの戦いである」

 
文・山崎修(本誌編集長)

 
新規開業の成功率は10〜20%

 
開業の成功率はどれくらいあるものだろうか。さまざまなデータが存在するが、わが国で新たにビジネスを始めた個人、法人が5年後も営業を続けているケースは10〜20%であるらしい。飲食業に限れば30%という話もあるが、それは飲食業が多額の開業資金を必要とするため、慎重にスタートするからかもしれない。

 
このような数字を出すと、多くの人が「え! そんなに少ないの?」と驚く。5割近くはあるのではないか、というのが巷の人の感覚らしい。そこからすれば、現実の数字は「危険なゲーム」といえるほどのものになる。しかし、安定してビジネスを続けていた大企業でさえ倒産してしまう世の中である。資金も信用もない生まれたての事業が、そうたやすく成長していけるはずもない。お客さんは自分の利にならないことに財布を開かないし、美味しいビジネスには常に競争相手が群がってくる。銀行は3期分の決算書のない会社には原則としてお金を貸してくれない。まこと開業者にとって世の荒波は辛いものばかりなのである。

 
こう並べ立てていくと「開業のための雑誌を作っていて、その言いぐさは何だ!」と怒られる向きもあるだろう。実際、そのように言われたこともある。しかしながら、これが現実であり、そこから目を背けて開業してしまうことが最も恐ろしいことなのだ。そう。開業は成功率が低いのである。だからこそ、自分のビジネスを始めるときにはその成功率をできるだけ高め、逆に失敗の芽を一生懸命に摘んでおくことが必要不可欠なのである。

 
危険度や損害を受ける可能性のことを「リスク」という。開業にまつわるあらゆるリスクをコントロールし、考えられる最低のレベルにしてから開業するのが、失敗を回避し、一度で成功するための道筋といえるだろう。「リスクマネジメント」とは、企業がピンチに陥ったときのダメージを減らす、あるいはそもそもピンチにならない体質にするための手法だが、開業者はそれを初めから考えておくべきだ。

 
よく「日本人はリスク意識が足らない」という意見が出される。「水と空気と安全はタダ」に代表される思考停止状態に警鐘を鳴らす発言だが、まさに開業者にこそ、この意見を真摯に受けとめてもらいたい。ビジネスに失敗したとき、一番痛手を受けるのは当の本人なのだから。

 
開業資金をできるだけ安くする

 
それではどんなことが開業時のリスクとして考えられるだろうか。まず思いつくのはスタート時の借金である。借りたものは返すのが常識だから「ある時払いの催促なし」で借り入れた親兄弟からのものは別として、返済が固定されている借入金をできるだけ作らな
い、ということが挙げられる。とはいうものの、十分な貯蓄でもない限り、通常数百万〜数千万円に及ぶとされる開業資金のすべてを自己資金でまかなうことは不可能だろう。しかし、不可能と諦めてしまわずに、少しでも低く抑える工夫をすることはできる。

 
たとえばオフィスを借りずに自宅で済ませるとか、什器備品を買わずに知り合いからの不要品で間に合わせるとかである。飲食業の場合は厨房機器の費用が馬鹿にならないが、これとて最近では中古市場が存在するし、居抜きで入れる物件を探せば格安にできる。

 
スタートアップで問題になるのが運転資金だが、それも考え方ひとつでどうにかなるものだ。たとえば法人設立を奥さんの名義でやっておいて、安定した客先や売上げができるまではサラリーマンと二足のわらじにしておく、という手がある。道義的に問題はあるかもしれないが、後に引けなくなって地獄を見るよりはマシだろう。これなら家族の生活費を心配することなく、準備した資金を事業に投入することができるはずだし、事業そのものが最初からつまずいた場合には、簡単に撤退できる。

 
「人を雇わない」というのもリスクを下げる方法のひとつだ。給料は売上げがあろうがなかろうが固定的に出ていく支出。どうしても人手が必要なときだけ知り合いに頼む、というような方法を考えてみるべきだ。

 
事業そのもので失敗しないために

 
いくら開業資金を下げても、事業計画が無謀だったり、見通しが甘かったりしては何にもならない。スタートを切ってからの修正は困難を伴うことが多いから、慎重すぎるくらいに慎重に事業計画を考え、仕事のノウハウや業界の趨勢を見ておきたい。よく目につくのが開業者の調査不足である。「そんなことちょっと調べればわかるのに」「なんでこんなことを知らずに開業したのだろう」というケースは悲しいくらいに多いのだ。

 
また、ジャーナリズムの世界でいうところの「裏取り」をしていない人が悲劇に遭うこともよくある。自分にとって大切な情報は、必ず自分自身の手で複数の信頼できる情報源に当たって調べるべきである。誰のためでもない、自分のためなのだし、知らなかったばかりに損をしてもほかの人の責任にはできないのだから。

 
自分が始めようとする事業はある程度将来性があるものなのか、その中で自分がやるビジネスは勝算が立つのか、店舗を出すなら今考えている立地条件は必要十分か、流通に問題はないか、法的規制はクリアしているか、などなどチェックしなければならない項目は多岐にわたる。それらを自分で独り決めするのではなく、信頼できる人に尋ね、客観的な事実とつき合わせていく。こういう作業をおろそかにせず、丁寧に行っていく必要があるのだ。

 
ちなみにきちんとしたフランチャイズに加盟して開業する場合の成功率は30%を超えるといわれているが、その理由はこのようなことをノウハウを持っている本部がチェックしてくれることにもよる。FCでの開業は資金が高くなるが、それはブランド、ノウハウを入手するだけでなく、成功率を高めるためであるとも考えられる。

 
再起できる開業プランを考える

 
それでも事業に失敗はつきものだ。有力コンビニエンスが不採算店をたくさん閉めていることでもわかるとおり「ビジネスに『絶対』はない」のである。ではリスク回避の考え方から見た場合、失敗したらどうすればいいのだろうか。答えは簡単だ。「再起すればいい」のである。そして最初から「再起できるように」しておくことだ。

 
そのためには、開業資金調達のために自宅を抵当に入れたりせず、とても返済できないような額は借りないことだ。理想的には自分個人で連帯保証するような借金を作らずに、最悪でも自己資金を失う範囲でとどめておくことである。

 
アメリカと違い、日本では開業に関する制度も風土も感情も未成熟である。だからこそ、失敗しても立ち直り、再びチャレンジするための余地を自分自身の手で作っておかなければならない。「何が何でも一度で成功させてやる!」と張り切る開業者は、素人目には情熱的で頼もしいが、現実を知る者から見ればはなはだ危ういと言わざるを得ない。

 
アメリカでこんな話がある。エンジェルと呼ばれる個人投資家から資金を得て開業し、失敗した人が再びその投資家に起業の話を持ち込んだ。するとその投資家は「最初の失敗で学んだはずだから、今度は成功率が高まっただろう」と、またも投資に応じてくれたというのである。日本ではそのような投資家を見つけることはむずかしいが、考え方は共通するはずだ。失敗しても再起すれば成功率は高まるのである。ぜひそういう開業プランを考えていただきたい。

 

Copyright(c) 2016 出版工房・悠々社 All Rights Reserved.