新・雑誌を作っていたころ003

2012-04-04

 

月刊「太陽」は、「特集主義」という作り方をしていた。どういうことかというと、全ページの半分以上が毎号がらりと変わる「特集ページ」で、定番の連載などはほんの少しというページ配分なのだ。これはとてもダイナミックな作り方で、売れ行きは乱高下するし、広告も取りにくい。取材量が半端でない上に、レイアウトデザインも毎号使い捨てとなる。それに加えて、特集をまとめて単行本にするとかの再利用がむずかしかった。

 

ようするにコストと体力を消費する「力業」が「特集主義」なのだが、無駄が多い代わりに新鮮さや迫力は有りネガや再構成ものの企画とは比べものにならなかった。つまりは、作り手と読者が喜ぶ作り方だったのである。この体制を維持するために、「太陽」の編集部員は30歳前後の若手中心で編成されていた。しかも雑誌部長の馬場さんが大男好みで、ほとんどが身長180cm以上。そうでないのは女性部員と嵐山編集長、筒井デスクくらいだった。

 

「特集」は1名の担当部員が1年近く前から独力で企画と構成案を考え、取材開始と同時にチームに仕事を分担して制作する。だから当時の「太陽」は、1年先まで特集テーマと担当者が決まっていた。ぼくも編集部に入った直後にテーマを持たされた。「大発明・珍発明500集」というタイトルで、それは嵐山編集長と焼き肉屋に行ったときに決まった。

 

「山崎は、なにか興味を持っていることとかないのか?」
「うちの特集にできそうなものでですか?」
「そうだ。だが鉄道はダメだぞ。SLブームは去ったからな」
「個人的にはSFとか発明とかに興味がありますが」
「SFはちょっとな。発明はいいかもしれない」
「大発明はまとめやすいですが、それだけだと教科書みたいなので、珍発明と対比してはどうでしょう」
「あ、それはおもしろそうだな。だが、絵になるかな」
「実物や模型、絵や写真があれば何とかなりそうですが」
「よし、今日から暇な時間を使ってリサーチしろ。毎週の課会で聞くからな」

 

これは後でわかったことだが、嵐山編集長は発明ファンであった。特許は出願していないし、試作品も作ったことはなかったが、暇なときにいろいろなアイデアを頭の中でひねくり回すのが大好きな人だったのだ。それは後にぼくらが平凡社を去り、学研傘下で青人社を作ったときに花開くこととなる。彼の発案した「木目入りゴム板」が雑誌「四季の手帖」創刊号の特別付録として採用され、同時に実用新案も出願してもらうことができたからだ。だが、それはまだ先の話だ。

 

それからぼくは、暇さえあれば資料室に籠もって企画を練った。そして長い調査とダメだしの繰り返しを経て、ついにぼくの企画が「太陽」の特集になることが決まった。企画立案中、ぼくの脳裏にあったのは、昔テレビで見ていた「アイデア買います!ただいま特許出願中」という番組である。これは東京12チャンネル(現・テレビ東京)で1965年から日曜日に放送していたバラエティで、出演は柳家金語楼、豊沢豊夫、片山竜二ほか。町の発明家たちが持ち込んでくるさまざまな発明品を実演させ、出演者が値段を付けるというものだ。柳家金語楼が発明家でもあったということは、この番組で知った。

 

もうひとつのネタは、以前書店で見かけて購入しておいたペン画集の『ビクトリアン・インベンション』という珍本。イギリスはビクトリア王朝時代に文化が爛熟するが、発明ブームも爆発した。ありとあらゆる分野の珍発明を精緻なペン画で記録したのがこの本で、いくら見ていても飽きることがなかった。

 

歴史的大発明や企業の大ヒット商品などは、絵にするのに困ることはない。博物館や資料館、企業の広報部などで現物を撮影したり写真を借りたりすることができるからだ。しかし「珍発明」は絵にするのが難しい。試作品や写真がほとんど見つからないためである。しかし編集部の先輩たちがいろいろと情報をたぐって、写真や現物を持っている人を紹介してくれた。一番の収穫はコレクターの石黒敬章氏であった。彼は『ビクトリアン・インベンション』に出てくる珍発明の数々を、自分で試作して保管していたのだ。さっそく会いに行って協力を要請した。

 

難問なのは表紙である。古色蒼然の大発明を表紙にしてしまうと、アカデミックな企画と思われてしまい、部数が出ない。かといって、ちゃちな珍発明の試作品ではチープすぎる。どこかに大発明の迫力と珍発明のユーモアを両立させるようなものはないか。そう考えて表紙になりそうなものを探したあげくに、石黒氏の友人であるイベント屋さんが持っていた蒸気自動車に行き着いた。燃料費を出せば走らせてくれるという話だったが、時間がないので写真を借りることとした。誌面の方は先輩たちに「大発明」のパートを譲り、ぼくはひたすら「珍発明」の分野をかけずり回って取材した。モデル撮影が必要な部分は、編集部の人たちや友人知人に頼んで写真部のスタジオに来てもらった。

 

一番思い出深い撮影は、自分自身がモデルになった「水に濡れない浮き袋」である。これは腰まである長靴と浮き袋が一体になったもので、例の『ビクトリアン・インベンション』にペン画で描かれていたものを、石黒さんが実物として制作したものだ。ただし、実際に試したことはなかったらしい。四ッ谷のプールを借り、馬鹿馬鹿しさを演出するためにスーツ姿でこれを着用。優雅にぷかぷかと浮かびながら読書しているところを撮ってもらった。しかし実際は水が漏ってずぶ濡れに。しかもゴム糊がスーツにべったり付いてしまい、一張羅がおしゃかになってしまった。

 

細かいグッズは、東急ハンズと伊東屋、王様のアイデアから借りてきた。スタイリストなどという便利な存在があることを知らなかったので、全部自分の目と足に頼った。その結果、ぼくの机の後ろには珍品の山ができてしまい、雑誌部のいろいろな人が遊びに来た。「これは何?」と聞かれるたびに説明する必要があるので、昼間はほとんど仕事にならなかった。「欲しいから買ってきてくれよ」という人が出てきて、注文ノートを作る羽目になった。

 

撮影が終わってみると、「太陽」史上空前の写真カット数になった。ふつう、タイトルの「500集」は大げさな数字なのだが、この号に限っては逆に控えめな数字であった。嵐山編集長から「山崎、全部で500点くらいあるよな?」と聞かれ、簡単に「はい」と答えたために決まったタイトルだったが、実際には「800集」でもよかったかもしれない。
その膨大な写真を暗室に籠もり、デザイナーとマンツーマンでひたすら選んだ。

 

この時代の誌面レイアウトは手描きである。写真のアタリはトレーススコープでフィルムをレイアウト用紙に拡大投影し、1点ずつトレースしていくのだ。多いところでは1ページに30点もの写真が入ったから、この作業はまさに地獄で、4人いるデザイナーが次々と過労でダウンした。ぼくら編集記者は、そうやって仕上がったレイアウト用紙に合わせて原稿を書いていく。駅伝みたいな作業なのだ。この号の原稿書きは、編集部に2週間泊まり込んで仕上げた。

 

1ページ30点の写真があると、30カ所のキャプション(説明文)が必要になる。しかもこのとき、筒井デスクから恐ろしい課題が出されていた。「文字数ぴったりに文章を作れ」というのである。たとえば20字×5行という原稿スペースが指定されていたら、100文字目に「。」がくるようにせよというわけだ。やってみるとわかるが、これはものすごい知的重労働である。逆に言えば、文章トレーニングとしては最良の方法だ。せっかく出された課題だったので、必死になって字数を合わせた。本になったものを見ると、必ずしも全部が字数いっぱいではないが、これは編集長の赤字が入ったからだ。

 

どうにかこうにかすべての原稿を書き上げ、お祭り騒ぎは終わった。あとは借りてきた商品群を返却するだけ。幸いにも、リッチで好奇心旺盛な先輩たちがたくさんいたので、半分くらいは売れてしまった。ハンズの店員も、「取材でこんなに買ってもらったのは初めて」と喜んでいた。

 

2週間後、「見本が届いた」という連絡があったので、急いで台車で取りに行った。雑誌や書籍の見本は、別棟にある社員食堂の1Fの「サービス課」に届く。ここは、読者や書店に直接本を販売している部署だ。
夢中で積み込み、感慨無量でエレベーターの天井を見上げていると、同乗してきた隣の編集部の先輩記者が聞いてきた。「シリーズ太陽」の佐藤信二さんという人だ。
「これ、きみが企画した特集?」
「はい。初めての特集です」
「そうか、嬉しいもんだよな。俺も覚えているよ。どれどれ、ちょっと見せて…。ふうん、石黒くんに協力してもらったの。この表紙写真はいいね。ほう、インタビューはソニーの井深氏か。当然、きみがやったんだよね。なるほど…あれっ? 表紙のここ、誤植じゃないか?」
「えっ!」マジで心臓が止まったと思った。「あんなに丁寧に校正したのだから、ミスなどあるはずはない」という思いと、「もしかしたら、重大なポカをやってしまったのかも」という思いが高速で何度もクロスした。目の前が暗くなった。
「ははは、うそうそ。みんなやられるんだよ。驚いた?」
「…勘弁してくださいよ…」エレベーターの床に、へたり込んだ。いつの間にか涙目になっていた。

 

30年の歳月を隔てて、あらためてこの本を眺めてみる。昭和55年5月発行。遠い昔だ。登場している人の中には故人も多い。苦労してアポを取った井深大氏、イラストレーターの真鍋博氏。たくさんの人ともう会えないが、少なくともこの本を見れば、会ったときのことを新鮮に思い出せる。これがぼくの財産なのかもしれない。

 

この号は実売率90%を記録。「太陽らしくない」という社内批判は、その数字の前に声を潜めた。

 

太陽「大発明」

 

太陽「大発明」本文1

 

太陽「大発明」本文2

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