「開業之すゝめ」第1回

2012-02-10

 
★2000年11月発売の「開業マガジン」17号に掲載した原稿です。基本的に、文章は掲載時のままとしています。
この原稿は「アーカイブ」からリンクを張っています。

 
「開業之すゝめ」第1回 「開業」するのは珍しいことなのか?

 
文・山崎修(本誌編集長)

 
NHK「不良中年」で考えたこと

 
ひょんなことからNHK教育テレビ「人間ゆうゆう」で、独立開業についての解説をするはめになってしまった。番組そのものは9月6日の放映だったので、いまからご紹介することはできないが、「不良中年のススメ」という1週間のシリーズのうち、1日が「不良中年の独立開業」というテーマに充てられていたものである。

 
NHK教育テレビで「不良中年」とは穏やかでないが、担当の吉村恵美子ディレクターによれば、「今の中年男性がしょぼくれていて元気がないので、励ます番組を作りたかった」とのことである。そういう目的なら断る理由はないので、フランチャイズシステムのこと、開業へ向けての心構えなどを話させていただいた。

 
「さすがテレビの威力はすごい」と思い知らされたのは、番組放映後。いろいろな方から問い合わせやご質問、開業相談などを頂戴し、はては講演依頼まで舞い込んできた。不況で廃業をお考えのオルゴール製造業の方には、販路拡大をアドバイスし、ご主人が新たに代理店ビジネスを始めようというので不安だという主婦の方には、よく考えてから決断するようにお話しした。

 
ほかにも数多くのご質問やお問い合わせを頂戴したが、それらに接していて痛感したのは、独立開業にまつわる情報の少なさである。「何とか、独立開業を希望している人たちへ、有益な情報を発信していけないか」それが今回の小誌リニューアルの目的でもある。

 
日本ではビジネスを教えない

 
問題としたいのは、情報の少なさだけではない。編集部にかかってくる読者からの電話を拝聴していると、サラリーマンとしては立派な経歴をお持ちなのに、あまりにもビジネスの基本をご存じでない方に遭遇することがままある。

 
「ラーメン屋でもやってみようと思うのですが」
「喫茶店くらいならできそうな気がするのですが」

 
というような内容である。これではラーメン店や喫茶店を営んでいる人に対して、余りにも失礼ではないのか。実際、「くらい」や「でも」で楽々経営できるビジネスなど、この世にありはしない。失礼だが、そのような発言をなさる方は、サラリーマン生活でビジネス感覚が呆けてしまったに違いない。

 
もっと驚くような質問もある。

 
「何か楽で儲かる仕事はありませんか? できるだけ資金の安いやつがいいんですけど」

 
そんな仕事があるとお思いですか、と尋ねると、「開業雑誌をやっているのに、教えてくれないの。ケチ。もう読んでやらないからな」で、ガチャン。このような現状に出会うたびに、この国での教育方針の誤りを痛感するのである。それは、「ビジネスのやり方を教えない」という点である。

 
日本の教育のやり方は、「よいサラリーマンを育てる」方向にある。総合職、一般職に向いた金太郎飴のような従順で知性が高く、協調性に富む人材をせっせと生み出しているのだ。そのために、特別の才能は無視され、共通の知識を持った、あまり好奇心をむき出しにしない人間へと矯正されていく。

 
そういった中で「特別によくできる」子供が役人への道、すなわち東大から官庁へのコースを歩むのだ。
確かに、日本が戦後の荒廃から立ち上がり、欧米に追いつけ追い越せで高度成長を歩んでいるときにはそれでよかったのかもしれない。だが、今は違う。世界中のビジネスがグローバル化し、IT革命によって情報のやりとりが飛躍的に加速されている現代では、大きな組織や無謬性を第一義とするお役所など、ボトルネックになるだけである。

 
21世紀を勝ち残っていくためには、すぐれたアイデアや技術を矢継ぎ早に生み出し、すみやかに事業化し、最も効果的で合理的な方法で周知し、顧客に買ってもらわなければならない。そのような産業構造を作っていくためには、「自分でビジネスを立ち上げることのできる人」をどんどん輩出していく必要がある。最近になって、行政もそのことに気づいたようだが、そのために教育改革が必要であることには言及していない。

 
開業志望者は「落ちこぼれ」?

 
残念なことだが、庶民レベルで見ても「著名な組織に所属していること」が大きなステイタスであることは変わってきていない。「どこにお勤めですか?」という問いそのものがそういう意識を反映したものだが、無名の会社名を答えたり、「自営業です」と言うと、あからさまにレベルの低い人と言わんばかりの目で見られてしまうのは、いかがなものか。

 
サラリーマンを蔑視するわけではないが、「自由な時間を提供する代償として安定した収入と身分を得る」立場の人と、「自分の力で仕事を作り、生活している人」との間に、そんなに違いがあるものなのだろうか。むしろ後者の方が賞賛されてしかるべきなのではないだろうか。

 
もうひとつ、不可解でならないのが「有限会社よりも株式会社の方が立派である」と世間で思われていること。これは誤解である。有限会社はひとりから設立でき、株式会社は株券を発行できる。大きな違いはそれくらいで、あとは資本金や登記のことくらいしか違わない(一般的に見れば)。にもかかわらず、世間体を気にして、本来は有限会社で十分なところを無理に株式会社として設立している人がいる。もったいないことだと思う。
★註・元原稿掲載当時の制度をもとに執筆しています。

 
この国で起業を盛んにしていくためには、まず創業希望者のビジネスに関する知識を高めていくことが必要だが、世間の認知も同時に変えていく必要があるだろう。

 
「1億総開業」で日本も変わる

 
そうして独立開業が当たり前になっていくと、どういうことが起こるだろうか。まず明らかにいえるのは、多くの人の意識が変わっていくだろうということである。決められた日に自動的にお金が振り込まれる毎日が、自分の力で営業し、仕事をして請求した金額を受け取るようになれば、政治や行政に対する考え方が間違いなく変わってくる。経営破綻した企業を税金で救済することなど言語道断、と思えるようになるはずだ。

 
同様に、感情論ではなく、現実的、論理的な観点から、自分と世の中を見つめられるようになるだろう。そういう人たちが多数になれば、政治家や官僚も真剣にならざるを得なくなる。いい加減なことをしていたら、首が飛んでしまうのだから。教育問題、金融政策、外交政策、財政問題、高齢者対策など、この国が抱えている諸問題は、根が深く、解決が困難なものばかりである。日本の将来を明るいものにするためにも、国民の多数が、少なくとも意識の上では「独立開業」する必要があるだろうと、私は思う。

 

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