「開業之すゝめ」第4回

2012-02-15

 
★2001年5月発売の「開業マガジン」20号に掲載した原稿です。基本的に、文章は掲載時のままとしています。
この原稿は「アーカイブ」からリンクを張っています。

 
「開業のすゝめ」第4回 「甘い言葉にご用心」

 
文・山崎修(本誌編集長)

 
〆切中にかかってくる迷惑電話

 
わが「開業マガジン」は隔月刊行なので、いわゆる〆切というお祭り騒ぎは2カ月に一度のペースでやってくる。だからといって、週刊誌の8分の1、月刊誌の半分の労力ですむかというと、そうではない。週刊誌は編集部がチーム制で分割されており、全体では数十人から百人以上の巨大な組織だし、月刊誌でも女性誌などは、ちょっとした中小企業並みの組織になっている。対してわれわれは、わずか数名の編集者と記者が60日まるまるかけてひとつの号をまとめているのだ。

 
その〆切だが、そのころになると私もふくめた編集部員たちは、それぞれの担当ページについて、取材して集めた写真や資料、記者が書き上げた原稿をデザイナーに渡し、デザイナーから上がってきたページ原稿を印刷所に入稿する作業の連続で大わらわとなる。活版印刷が写真植字とオフセット印刷に、写真植字が電算写植に、そして今、パソコンでページを組み上げるデスクトップ・パブリッシング(DTP)へと出版の世界も技術革新が続いてきた。それでもなお、〆切は雑誌編集者にとっての「鉄火場」であり、怒号の飛び交うカオスである。尾籠な話で恐縮だが、うっかりするとトイレに行くのも忘れて、というか行きそびれて、腹痛を起こしたり、強烈なストレスでトイレに入り浸りになってしまったりする。編集作業の山場は、それほど過酷かつ激しい重圧のもとでの労働なのだ。

 
そんなときにかかってくる迷惑電話は、それこそ迷惑を超越して犯罪的なものだ。
「社長さんですか? あなたは運がいい。ちょうど商品市況が面白くなってきたところでして……」
「中小企業の財テクに、うってつけの商品があります……」
「無担保融資はいかがですか? 手形の割引も……」

 
私は自分でもかなり温厚な性格と自認しているが、それでも〆切にかかってくる迷惑電話に対しては怒りを抑えることができない。そのために日ごろから、「社長さん」宛の電話は取り次がないようにスタッフに言明しているほどだ。にも拘わらず取り次がれてくるというのは、かなり巧妙な手口で電話をかけてくる手合いが増えているということなのだろう。そして同時に、この手の電話勧誘に引っかかる人が後を絶たないのだな、と暗い気分にさいなまれてしまう。

 
うまい話は向こうから来ない

 
電話に限らず、どんな場合でも「うまい話が向こうから来ることはない」と先人たちは口を酸っぱくして戒めてくれたものだ。しかし、霊感商法、商品先物、資格商法など、庶民を食い物にする商売は手を変え品を変え、獲物を求めて飽きることなくやってくる。なぜ、そうなのだろうか。それは「騙される人がいるから」に違いない。あれこれの手口や被害がテレビのニュースなどでさんざん報道されても、同様のものに引っかかる人は後を絶たない。

 
コラムニストの山本夏彦氏は、自著の中で「人間は学習などしない」と喝破された。ネズミ講などは明治の昔から存在し、たびたび新聞などで事件になっているのにも拘わらず、引っかかる人間が後を絶たないからである。欲に目が眩むからなのだろうか。酔っぱらい運転で事故を起こしたドライバーは、必ずといっていいほど「自分だけは大丈夫」と思っていたという。人間は皆、自分だけは特別と思っているのだろうか。

 
騙しの手口について解説した本を読むと、「当たりました」「選ばれました」「今だけのチャンス」「限定○セット」などの表現が効果的だという。ミエミエのくすぐりだということがわからなくなってしまうのだろうか。おそらく、ある条件の下ではすべてがイエスなのだろう。

 
特別な知識を持たない人々にとって、欲に目がくらみ、自分だけが選ばれている、という意識を持つと、客観的な判断力が失われてしまうものらしい。一度そのモードに入ってしまえば、逆に他人の意見や批判に対して反発さえ覚えてしまうという。新興宗教に入りかかっている人や、マルチまがいのネットワークビジネスを始めようとしている人が表す典型的な状態だ。

 
欲に目が眩むと判断力が失われる

 
上層部だけが甘い汁を吸うネットワークビジネスにはまって、在庫の山を抱えてしまう人。オカルトまがいの占い師に入れ込んで、言われるままに金品を提供してしまう人。資格を取ればハッピーな人生が送れると信じ込んで、スクールに通う人。本人はそう思っていなくても、はたから見れば、みな騙された人々である。まあ、自分のお金をどのように使おうと、その人の勝手なのだから構わないと言えばそれまでだが、少なくともそのような人は開業には向かない。

 
事業を興すためには、何かをしたいという押さえがたい情熱と、それを上回る冷静な判断力、その他諸々の資質と条件が必要である。よく知りもしない人の話を、調べもしないで信じ込み、大切なお金をポンと投じてしまう態度は、その正反対の極にあるものと言わざるを得ない。しかし残念ながら、その部分の認識がいまだ遠い人々がいる。

 
インターネット上のSOHOサークルなどを覗いていると、「ワープロの講習を受けたら在宅の仕事を回してもらえるというので30万円払ったが、仕事が来ない」の類の苦情を見かける。たいていは掲示板への書き込みで、それに対して「またか」というニュアンスで誰かが返答している。

 
「そんなうまい話が知り合いでもない人から舞い込んでくるはずがないと、なぜ思わないのですか」などなど。試みに掲示板をさかのぼって見てみると、同様の書き込みがごろごろある。そして残念な話だが、「フランチャイズまがい」の本部に騙されて、大金を失った人の話も。

 
フランチャイズ加盟時の心得

 
フランチャイズシステムというのは、アメリカに起源を持つ、100年近い歴史を有するビジネス形態のひとつである。にもかかわらず「まがい」に騙された人たちのニュースが流れるおかげで、フランチャイズ=怪しい商売、と認識している人がいる。騙された人たちのパターンはおおむね共通しており、何気なしにフェアを覗いてみたところ、それまでは名前も知らなかった本部のブースで社長の熱弁にほだされ、「お住まいのエリアはまもなく埋まってしまいますよ」などの甘言に、ついハンコを押してしまう、というようなケースが多い。

 
騙すほうも騙すほうだが、フランチャイズについてきちんと研究もせず、商売の実態も見ないで、大金を投じてしまうのはいかがなものか。少なくともフランチャイズに加盟するときには、
①フランチャイズシステムについて、きちんと勉強する
②自分がやりたいビジネス分野を定め、候補の本部を可能な限りたくさん選ぶ
③候補の本部を徹底的に比較検討する
④経営計画を立て、自分にできるかどうか再検討する
くらいの段階を踏むのがセオリーだ。

 
繰り返しになるが、うまい話はあなたのところにフラフラとやってきたりはしない。あなたが著名な人であったり、何かの専門知識、特殊技能で有名だったりしない限りは。だからこれからそういう話に遭遇したときには、「眉につばをつけて」聞くことをお薦めしたい。

 

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